松本先生インタビュー⑧高齢者に血液透析を勧める医学的・社会的妥当性は低い

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松本先生インタビュー⑧高齢者に血液透析を勧める医学的・社会的妥当性は低い

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松本先生インタビュー⑧高齢者に血液透析を勧める医学的・社会的妥当性は低い

[松本先生インタビュー⑧高齢者に血液透析を勧める医学的・社会的妥当性は低い]

  • 川原腎・泌尿器科クリニック(鹿児島県姶良市)
    腎不全外科科長・腹膜透析センター長
    松本 秀一朗 様

聞き手:

  • 医療コンサルタント 大西 大輔(MICTコンサルティング株式会社 代表取締役)
  • 医療法人明洋会 理事長 柴垣 圭吾 様

松本先生: 高齢者に血液透析を導入しても、結局は入院や施設入所が必要になったり、自力で歩けなくなってしまうことが多くあります。

JCHO仙台病院の佐藤先生がディスカッションで述べていたように、「延命という“量”ではなく、生きがいという“質”を重視すべきではないか」という意見には、私も全く同感です。

なぜ高齢者が透析を始めると弱ってしまうのか。実は私たちは20年前から薄々その原因に気づいていました。

高齢者が血液透析を始めると、心不全や脳虚血による認知症が進行するのです。導入時には元気だった方が、透析を続けるうちに次第に衰弱してしまいます。

理由のひとつは「過剰シャント血流」です。特に人工血管を使用すると、心臓からの血流のうち20%以上がシャントへ流れてしまいます。

中にはグラフトフローが1リットルを超える人もいます。心機能が4~5リットル程度の高齢者では、あっという間に心不全になってしまいます。

実際、ある患者さんは血液透析中に心筋梗塞を起こし、ベッドから起き上がることすらできなくなりました。起き上がるとショック状態になるため、シャントを結紮(けっさつ)して腹膜透析に切り替えたところ、元気を取り戻しました。

また、人工血管を入れた高齢者では、認知症の進行が明らかに見られます。シャントが詰まって治療に来る、治療後にさらに悪化する、という悪循環が繰り返され、状態がどんどん悪くなります。最近では、これは脳虚血によるものとエビデンスも出ています。

2019年のJASN(米国腎臓学会誌)に掲載された研究では、透析中に脳の血流を測定したところ、シャント側の脳の血流が低下しており、その程度と認知機能の悪化が相関していたという結果が報告されています。まさに、我々が「そうではないか」と思っていたことが、科学的に裏付けられたのです。

NHKスペシャル(2018年)でも、長崎腎病院に入院している透析患者70人のうち、実に9割が認知症だったと報じられました。これは医原病、つまり医療が原因で起きている可能性もあると思っています。透析を始めた結果、家に帰れなくなるケースが多くあります。

また、血液透析は腹膜透析と比べて認知症のリスクが高いことも以前から知られており、こうした情報を患者さんやご家族に十分に伝えていない医師も多いのではないでしょうか。私は、これを説明しないのは説明義務違反ではないかとすら感じています。

さらに、脳血管疾患のリスクもあります。血液透析をしている方は、一般の人に比べて脳出血の発症リスクが10倍以上高いとされています。

透析中は抗凝固剤を使用するため、脳出血を頻繁に経験します。MRIで脳を精査すると、小さな出血(マイクロブリード)も多く、血液透析患者の35%にそうした出血が確認されたという論文での報告もあります。

つまり、血液透析患者は脳虚血だけでなく、脳出血のリスクも抱えているということです。こうした場合は、やはり腹膜透析のほうが安全です。

かつては脳外科の病院でも腹膜透析を導入していたことがありました。最近はどうかわかりませんが、ガイドラインでも「可能なら腹膜透析が望ましい」とされています。

私たちも実際の臨床で、脳出血の患者に血液透析を行うと、脳浮腫が進行して脳死に至るケースを経験しています。腹膜透析ではそのリスクが明らかに少ないのです。

このように、高齢者が血液透析導入後に衰弱し、亡くなるケースが多いことを裏付けるエビデンスは数多くあります。

ADL(日常生活動作)の低下、認知症の進行、出血リスクの増大に加え、肺炎や骨折の発生率も高く、さらに社会的問題として送迎の課題もあります。送迎が困難になると、入院や施設入所に移行することがあり、送迎中に新型コロナに感染するリスクもあります。

そして終末期には、病院での看取りとなるケースも多く見られます。

こうした状況を考えると、「本当に高齢者に血液透析を勧めるべきか」は慎重に検討すべきだと思います。もちろん、どうしてもそれしか選択肢がない場合は仕方ありませんが、可能であれば腹膜透析のほうが望ましいと、私は考えています。

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