松本先生インタビュー⑪透析「非導入」という選択肢〜腹膜透析〜


松本先生インタビュー⑪透析「非導入」という選択肢〜腹膜透析〜
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松本先生インタビュー⑪透析「非導入」という選択肢〜腹膜透析〜
[松本先生インタビュー⑪透析「非導入」という選択肢〜腹膜透析〜]
- 川原腎・泌尿器科クリニック(鹿児島県姶良市)
腎不全外科科長・腹膜透析センター長
松本 秀一朗 様
聞き手:
- 医療コンサルタント 大西 大輔(MICTコンサルティング株式会社 代表取締役)
- 医療法人明洋会 理事長 柴垣 圭吾 様
松本先生: 先ほど申し上げたように、透析医療の現状には「供給過剰」が最大の原因としてあると考えています。
多くの透析施設は、借金をして設備を整え、人員を雇って運営しているため、血液透析の患者が減れば、たちまち経営危機に陥ってしまいます。ベッドが空いていれば、患者を血液透析に誘導したくなるのは人間として当然の心理です。
しかし、一般病床と同じように、透析ベッドの数も地域医療計画に組み込むべきです。1970年代には、民間資金を中心に透析施設が整備されたという経緯があり、その影響から今も規制の枠外に置かれているのでしょうが、そろそろ見直す必要があります。
もし透析病院の経営が立ち行かなくなった場合は、かつてのバブル期のように銀行側に責任を求める「徳政令」が必要です。透析ベッドを減らす代わりに、借金を帳消しにして銀行に負担を求める。そうすれば供給の適正化が図れるはずです。
また、腹膜透析(PD)が広まらない理由の一つは、地域に「受け皿がない」という思い込みにあります。たとえば、アシステッドPDには訪問看護や訪問診療のサポートが必要と言われますが、これはもはや時代錯誤です。
看護師数はこの20年で100万人から200万人へと倍増し、訪問看護ステーションも新規開業ラッシュで急増しています。さらに、病院では7対1病床などの削減によりベッド数が減少し、かつてのように看護師を囲い込む時代ではなくなってきました。
私は病院で優秀な看護師に出会うたび、「早く開業したらいい」と勧めています。訪問看護は利益率も高く、経験豊富な人が早く始めれば、腹膜透析をはじめ多くの在宅患者に対応できます。
今ではリハビリ職も多く、老人保健施設の数も平成30年時点で51倍にまで増えています。地域には十分な受け皿が既に存在しているのです。
さらに、最近は在宅医療も進展しています。訪問診療クリニックは雨後の筍のように増えており、2025年から始まる医師の働き方改革を機に、病院勤務を嫌って開業する医師や在宅医療に転職する医師がさらに増えると予想されます。
つまり、腹膜透析に必要な地域の医療資源は、既に整ってきているということです。
一方で、「CKM(Conservative Kidney Management)」という言葉があります。これは、「透析を導入せず、あえて行わない」という考え方です。高齢者などに対して「透析をせずに過ごしてみよう」という選択肢が語られるようになっています。
一見すると良いことのように思えますが、これは非常に注意が必要です。
透析医療の技術はこの20年間で大きく進歩し、今では先進医療というよりも「普遍的な標準医療」の一つとなっています。これを「特別な治療」だと過剰に見なす必要はありません。
「経済が厳しいから」「若者のためにお年寄りは治療を控えて死んでもらう」――こうした考え方は、決して許されるものではありません。かつて「楢山節考」という映画が描いたような、高齢者を犠牲にする社会は歴史的に見ても長続きしません。
若者が高齢者に尊敬と敬意を持って接する。それが社会としての基本だと思います。
2022年に公開された映画「PLAN75」では、「75歳から死を選べる社会になった日本」が描かれました。
作品を観れば分かりますが、そうした制度ができると、75歳になったら「もう死んでほしい」という社会的な圧力がかかってしまいます。そういう風潮が最近、目立ってきたように感じます。
「自己責任論」が強調され、社会的弱者や高齢者が生きづらくなっていく社会は、本当に正しいのでしょうか?映画はそれを問いかけています。
「アドバンスト・ケア・プランニング(ACP)」も、1990年代に過剰な延命治療を避ける流れの中で生まれた考え方です。
もちろん、患者の意思を尊重する重要な概念ですが、一方で「一度決めたことを覆しにくい」「本当に自分の意志で決めているのか」など、慎重な検討が必要な面もあります。延命治療を避ける意味では大切ですが、それだけでは不十分です。
最近では、死ぬ権利や安楽死の法制化も議論されており、多くの先進国で合法化が進んでいます。最後まで反対していたドイツでも、最近法制化されました。
私自身、「ここまで来たら治療を頑張らなくてもいいのでは」「もう十分頑張ってきましたよね」と言える場面では、安楽死があってもよいのではないかと思うこともあります。
ただし、日本では現状、安楽死は合法ではありません。特に腎不全や透析患者の終末期において、それを実施すれば業務上過失致死で訴えられる可能性すらあります。こうしたテーマは、今まさに社会として真剣に議論すべき時期に来ていると思います。