松本先生インタビュー⑫腎不全の緩和ケア〜透析非導入という選択肢(腹膜透析)〜


松本先生インタビュー⑫腎不全の緩和ケア〜透析非導入という選択肢(腹膜透析)〜
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松本先生インタビュー⑫腎不全の緩和ケア〜透析非導入という選択肢(腹膜透析)〜
[松本先生インタビュー⑫腎不全の緩和ケア〜透析非導入という選択肢(腹膜透析)〜]
- 川原腎・泌尿器科クリニック(鹿児島県姶良市)
腎不全外科科長・腹膜透析センター長
松本 秀一朗 様
聞き手:
- 医療コンサルタント 大西 大輔(MICTコンサルティング株式会社 代表取締役)
- 医療法人明洋会 理事長 柴垣 圭吾 様
松本先生: 先ほど申し上げたように、患者さんの気持ちは時間とともに変わることがあります。最初は「透析はしません」と言っていた方でも、症状が進行して苦しくなると「やっぱりやろうかな」と考え直すこともあるのです。ですから、そうした患者さんの気持ちの変化を汲み取ってあげることがとても大切です。
実際に、ある患者さんは「透析はいいです」と言っていたのですが、その後、どの病院でも「あなたはもう透析はしないと言いましたよね」と言われてしまい、本当は気持ちが変わって「やりたくなった」と伝えても、どこも受け入れてくれませんでした。
最終的に当院に来て、腹膜透析を導入し、元気を取り戻されました。「本当にやってよかったね」と話しています。
このように、ACP(アドバンスト・ケア・プランニング)も含め、いったん意思表示をすると、その後透析が受けられなくなる可能性があり、私はこれを「偽装された尊厳死」と呼んでいます。
また、記憶に新しい「公立福生病院事件」も同様の問題を抱えていました。このとき、血液透析のためのアクセスが閉塞し、「もうやりたくない」と患者さんが言ったところ、最終的にせん妄状態のような状態ではありましたが、「やっぱり透析をやってください」と訴えたにもかかわらず、それが受け入れられず、裁判になったケースです。
裁判では、「説明が不十分だった」との指摘がなされ、「腹膜透析という選択肢もあったのではないか」という議論がありました。これは、説明義務違反が公に問われた非常に象徴的なケースだったと思います。
私は個人的に、「透析非導入」や「透析中断」の判断は、緩和ケアや安楽死の選択肢が保証されていない現状では、慎重に考えるべきだと考えています。
実際、高齢者がドクターヘリで搬送され、ICUに入り、緊急透析導入を受けたものの、数日後に亡くなってしまうケースも少なくありません。私自身もそのような場面に関わったことがあり、何とか避けたいと強く感じています。
海外に目を向けると、たとえばカナダ・アルバータ州では、透析非導入の場合に備えた「緩和ケア・アルゴリズム」が整備されています。しかしその内容を確認すると、がんの緩和ケアとほぼ同じものでした。
一方、日本では腎不全に対してがんの緩和ケアを適用することに違和感があります。たとえば鎮静剤を使うことに対しても、「それはがんの緩和ケアであり、腎不全に適用するのはおかしい」と指摘されることを恐れて使いにくいという現実があります。
また緩和ケアの中で、意識が混濁した状態で終末期を過ごし、亡くなる方が多くなっています。これは「緩和ケア」と名づけられた「薬漬け」の状態であり、老人病院や施設などでもよく見られる状況です。
実際には、本来不要な鎮静剤を投与され、寝たきりになっている高齢者が多く存在します。腎不全の緩和ケアについて議論する際、このような状況に繋がってしまわないか、私は常に懸念しています。
がんの緩和ケアと腎不全の緩和ケアは、明らかに異なるものだと私は思います。がんの場合は症状緩和のために鎮静剤や麻薬が不可欠であり、場合によっては安楽死を選択することもできます。
しかし、腎不全の場合は薬物に頼らずとも、腹膜透析という強力な緩和手段が存在しています。腹膜透析を選べば、亡くなる前日までしっかりとした意識を保ち、笑ったり、ご飯を食べることができるのです。
ところが、CKM(保存的腎臓管理)の薬物療法アルゴリズムには、腹膜透析による緩和ケアが含まれていません。私はそこにも大きな違和感を持っています。
さらに、腎不全で状態が悪化した際に安楽死を選べない現状がある中で、私は腹膜透析こそが現実的かつ有効な選択肢ではないかと考えています。腎不全のケアをがんの緩和ケアと同一視するべきではないと、強く思っています。